先日、女房が乗った京都のタクシー運転手の話です。河原町丸太町の交差点で流しのタクシーに乗った途端、運転手が堰を切ったように、次のように話しかけてきたとのことです。
「お客さん、今朝出勤して街なかを流し始めて最初に乗せたお客が若い女の子二人で、ワンメーターの距離でした。降りるとき、1万円札を出して、お釣り!と言われたので、千円札か小銭でお願いしますと言ったら、われわれはお客だ、釣り銭を用意していないとは何事だ!と喰ってかかってきました。
もちろん、1万円分の小銭を用意して営業所を出ましたよ。でも、最初に1万円分の小銭を渡してしまうと、営業所に戻って再度釣り銭を用意しなければなりませんでしょ。土地勘のない観光客や、最初に1万円で済みませんが、とひとこと言ってもらえば私だって時間をロスしても一旦営業所へ戻りますよ。
お客さん、乗せた女の子は、なんとあの外資系ホテルRの従業員なのですよ。制服姿でしたので分かりましたよ。乗る前からワンメーターの距離だということは分かっていた筈ですよ。私もカッカしていましたから、釣り銭は渡せないと頑張り、最終的に一人の子がクレジットカードを持っていたので、それで処理してもらいましたがね」よほど頭にきていたのでしょうか、胸に溜まっていたものを一気に吐き出したとのことでした。
この外資系ホテルRは、世界的にも優れたサービスを提供するホテルとして、評価の高いことで有名です。しかし、この話を聞いて、私は、このタクシー運転手の言ったことは殆んど真実だったのではと確信しました。
なぜなら、私どもが15人ほどの昼食会の申し込みをしたとき、まったく顧客視点のない対応をされたからです。決して、接客態度が悪いというわけではありませんし、食事の際のサービスも悪いというわけではありません。ただ、打ち合わせの際、宴会場で会議をする見積りをお願いしたら、使用しない音響機器の料金を請求しますと言われた経験があるからです。
しかも、なぜと尋ねると、この費用はホテル側の特殊な事情で発生するもので、お客にはまったく関係のない費用でした。このような費用を、規定ですからと言って当たり前のようにお客に請求してくる顧客視点のない、ホスピタリティのかけらもない対応には驚きました。マネジメントの命令かどうか分かりませんが、余りにも利益追求の姿勢が見えて不快でした。
素晴らしいクレド(Credo)を掲げているRホテルですが、打ち合わせを担当したスタッフや彼女たちに、その理念がまったく浸透していないのではないでしょうか?
彼女らがホテルの現場では高いスキルで接客しているかどうか分かりません。
しかし、裏表のあるような人間性にかかわる人間が、プロのホテリエして本当に心のこもった接遇ができるのでしょうか? 彼女たちは「お天道さまはいつも見ている」ことなど信じていないからといって、仕事を離れたお客の立場だからといって、クレドにある紳士淑女の振る舞いを放棄してよいのでしょうか?
元プロ野球の選手や監督として数々の実績を残した有名な野村克也氏は、人間性について、その著「リーダーのための人を見抜く力」(詩想社新書)で次のように語っています。
『「人間的成長なくして、技術的成長もない」と私は選手たちによく説いたことだが、まさにプロの高いレベルでの戦いになると、最後はそういった人間性の部分になってくるのだ。プロ野球選手としての看板を外しても、一般の社会人として恥ずかしくない人間か。そういった部分が、野球における最終的な差となってくるものなのだ。』
厳しい言い方かも知れませんが、外資系ホテルRは単に新築の豪華な施設と接客スキルで、ホスピタリティが無くても、今のところ評判になっているのではとしか思えません。
力石寛夫氏も「人を中心とするサービス産業において、ホスピタリティは最も大切なものですが、中でも、ホテル、レストラン業では、どんなに素晴らしい建物や施設、料理や飲み物をそろえても、そこにホスピタリティがなければゼロです。土台となる部分がしっかりつくられていなければ、結局ダメになってしまうのです。
(出典:“ホスピタリティ?サービスの原点” 商業界)」と述べています。
昔、日本人は抗しがたい自然や「目に見えない力」に対し、深い畏敬の念を持って暮らしてきました。例えば、「誰も見ていないと思っていても、そんな悪いことをしたらお天道さまが見ているぞ」と諭されたものです。
「人事を尽くして天命を待つ」という諺がありますが、2005年債務超過に陥った福岡のホテルを再建する際、景気が悪く、銀行団がなかなか借入金の債権放棄に応じてくれず途方に暮れていた時、天の助けでしょうか、急に株式市場が回復し、債権放棄を認めていただき、ホテルの再生に成功した経験があります。お天道さまはいつも見ていてくれているのです。しかし、現代社会ではそのような考えの若者たち、否、大人たちも殆んどいなくなってきているのは淋しい限りです。
来年4月、傘寿を迎えますが、これからも裏表のない誠実な人間としてさらに成長できるよう心がけていきたいと思っております。
2015年7月1日
株式会社JAPAN・SIQ協会
代表取締役 金子 順一