2020年の東京オリンピック・パラリンピックの誘致プレゼンテーションの際、滝川クリステルさんが使った「おもてなし」という言葉があっという間に広まり、うわっぺらの言葉だけが氾濫しているように見受けられます。今回は、最近読んだ新聞や本の中から、少し視点の違った、おもてからは見えない「おもてなし」の話をご紹介いたします。

まず最初は、2015年6月20日付の読売新聞 「ウの目鷹の目」欄に載っていた 『おもてなしの「あん」』 というタイトルのコラムの前半です。

『 河瀬直美監督の映画「あん」は、小さなどら焼き屋「どら春」をまかされた千太郎のもとに、吉井徳江という70代の指の曲がった女性が働きに来るところから始まる。かって塀の中で過ごした千太郎は、心まで鬱屈したしがない中年男だ。それが徳江からあん作りの基本を教えられ、おいしいどら焼きづくりに目覚める。

象徴的な場面が前半にある。あんづくり50年の経験を持つ徳江は、手間暇かけて丁寧にあんをこしらえる。千太郎が思わず、「いろいろややこしいですね」と漏らすと、徳江は「もてなしだから」。すぐに言葉を返す。

千太郎「お客さんのですか?」
徳江「いや、豆へのよ」
千太郎「豆?」
徳江「せっかく来てくれたんだから。畑から」

この世に生まれたものを大切にする。生まれたものの姿をよく見、その内なる声に耳を傾ける。それが小豆の命を生かしたあんにつながり、「どら春」の評判は高まる。
ものは、いつだって見ているつもりだから、見るなんて簡単、と思いがちだが、これが違う。徳江は一個一個の小豆を見て、色や形を見分ける目があるが、ふつうの人は、小豆は小豆、みな同じである。』
(註:後半は徳江がハンセン病の患者だったと分かるとお客が去っていき、国民の間にハンセン病に対する偏見が残っている状況を憂いています)

このように素材に対し愛情をもって接する、いわゆる「おもてなしの心で素材と向き合う」ことで、美味しいどら焼きが生まれるという話です。トーマス アンド チカライシ 代表取締役力石寛夫氏によると、日本におけるフレンチの巨匠三國清三シェフは「僕は素材と会話する」が持論だそうです。
そして、市場へ一緒に行ったときの三國シェフの情景を、その著「ホスピタリティ」(商業界)の中で次のように描写しています。

『その素材選びがすごいのです。目をぎらぎらさせて野菜一つひとつを食い入るように見つめ、揚げ句の果てにはガブリとかぶりつく。魚を選ぶときにも一匹ずつ手に取って、まさに会話するように選んでいるのです。料理人としての素材に対する思い入れが並ではないのです。そして、このようにして選んだ素材はその味を最大限に引き出します。これも素材に対するひとつのホスピタリティです』

日本料理の世界でも、ミュシュラン二つ星の京都 「草喰なかひがし」のご主人 中東久雄さんの素材に対する思いやりの心も素晴らしいものです。

『「うちの野菜は、はずれが一割か二割あるでぇ。それを承知で買ってや」と“美山のやおや”のアンちゃんに言われ、納得しました。ここのはずれの野菜は、不良品ではないのです。作った品ではなく、手塩にかけて育てた品。なにかの条件で未成熟か成熟しすぎただけなのです。料理する者が知恵を絞ればよいこと。葉っぱは、虫が「お先に失礼!」と穴をあけています。これは虫が毒見をしてくれた安心野菜の証明です。にんじんが、大根が割れている。畑に石があったんでしょう。ご苦労さまでした。たくましく育ってくれたんだね。野菜は曲がっても怖くない。化学肥料をやらないから、葉っぱも皮もやわらかく、とてもおいしいのです。』
(中東久雄著 「草菜根」 文化出版局)

また、最後の宮大工棟梁 故西岡常一氏の語りを引用し、曹洞宗建功寺 枡野俊明住職は「おもてなし」について次のように述べています。

『(お寺や神社を建てるとき)一流の宮大工は木を生えていたときと同じように使いますが、木がどのように生えていたのかということまで考慮してお寺を立てたとしても、完成した建物の外観は同じで、そこまで考慮したということは誰も気がつきません。目に見えない細部にまでこだわったと分かるのは何百年という時が経ってから。その建物を解体・修理するときになって初めて中を見て、その時代の棟梁は「おお、昔の棟梁はこんな部分まで考えて建てていたのか」と驚くわけです。「おもてなし」においても、このように目に見えない部分こそ丁寧にやるべきだと思います。目に見えない部分には、もてなす側の「思い」も含まれています。このような、目に見えない「思い」は おもてなしには欠かせないもの。ぜひ大切にしてほしいと思うのです。』 (枡野俊明著 「禅的おもてなし生活のすすめ」 こう書房)

「ホスピタリティ」という言葉の日本語訳として、「おもてなし」が一般的に使われていますが、このように欧米のホスピタリティとは異なり、千利休の「利休七則」で代表されるように、自分を表に出さず、目に見えないところに心を砕き、さりげなく行なうのが「日本のおもてなし」の本質と言ってよいと思います。

2016年5月17日
株式会社JAPAN・SIQ協会
代表取締役 金子 順一